Digital Detoxと恩師の教え

 情報過多の現在、スマホでインターネットを通じてdigital資産を使えば、容易に必要な情報を必要なだけ得られます。かくいう私も日常の忙しさに負けて、そのような情報入手の占める割合が多くなりました。読書の時間がめっきり減りました。

 Digital経由であれば、書籍よりもはるかに容易に情報を得ることができます。しかしながら、自分では賢くなったとは思えません。むしろ知能の劣化を実感する有様です。深い思考が出てこないのです。湧き出すような思考が。

 以前に述べたように、研究室の研究は一段落の時期を迎えています。一つの時代が終わる感じです。最後の仕事である論文化へは、思考の深さに基づく創造性が必要なのですが、我ながら浅さを感じてならないです。老いてしまったのかと。

 そんな時、研究室の学生さんが学士会報を読んでいました。学士会報とは、学士会が毎月発行するオピニオン誌です。学士会は旧七帝大の連合同窓会で、私も会員となっています。会員には学士会報が送られてきます。論考を寄せる方々は旧七帝大のOB/OGで、いずれも感銘する深い内容なのですが、忙しさにかまけて研究室に山積みにしています。それを目にした学生さん曰く、面白いとのことでした。

学士会報は面白いそうです。

 その後、年末ということもあり自宅で部屋を片付けていると、恩師の書籍が目に留まり、ふと読み返しました。読んでいくうちに、結局digitalで容易に仕入れた知識というものは表面的なもので、真の理解に至っていないということを改めて学びました。いつの間にやら、「無知に無知」に陥っていました。

 読書をして得る知識の効率は、インターネットやAIがdigitalにまとめてくれるものよりも甚だ効率が悪いです。しかしながら、書籍を一文一文遅々として読み進めていく間に思考が訓練されていることを実感します。脳みそが耕し返されているというか。

 海外では脱デジタル化教育が既に始まっています。追われることを気にしてしまうdigitalをdetoxしようと思います。

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