創造性、すなわちcreative mindが声高に叫ばれて久しいです。高専の授業においても創造性が重視され、ていうか学科の名称にも使われていますね。
創造性は、私が研究者として今後も生き続けて行くために絶対に必要なものであることは間違いないです。しかし創造性は、学校教育に等しく取り入れなければならないくらいに全ての人々に必要不可欠なものなのでしょうか。創造性を発現するための手段としてコミュニケーション能力など殊更自分をアピールすることが求められる社会ですが、それが苦手な学生さんもいます。資源の少ない我が国にcreative mindが必要なのはよく分かります。しかしそれだけで良いのでしょうか?
同じことを繰り返せるのもprofessionalです。授業でも言っています。そこに創造性はありませんが、世の中には必要不可欠な存在です。当然のことを当然に繰り返すことができるのも必要不可欠な能力です。古い例えで言うと、灯台守です。農耕民である日本人にとって、自己アピールは本来苦手なことではないかと思います。上述の学生の能力が低いかというと、そんなことはありせん。形のある仕事はできますし、まじめで責任感もあります。安心して仕事を任せられるタイプです。
日本が世界から評価されている点は、次の2点にまとめられると思います。
・独自の文化
・安全性
です。後者には日常の地味な繰り返し、インフラの維持(メンテナンス)が根底にあります。皆が皆創造性に傾くならば、世は治まらないのではないでしょうか。世界には、世の先鞭を付けるが、メンテナンスは苦手で国内が治まっていない国もあります。
恩師の薫陶を受けて、創造性についてずっと考えてきました。ただ一方で、企業経験を経て高専に奉職している現在、創造性について再考するものです。中学義務教育の段階で選抜をする高専には、バラエティーに富んだ学生さん達がいます。彼ら個々を活かしていくためには、より世の中を深く学んでいかなければなりません。
要はバランスですね。
あ゛、決して恩師に刃向かうわけではないですよ。そんなことできるはずもない。ムリムリムリー。
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