どうでもいいこと ~ 就活編 ~ (1/2)

 以前にも話していますが、日本人の特徴の一つとして「手段と目的を履き違える」ということがあります。どうでもいいことに拘って、本質を疎かにすることです。悪弊と言っても良いのですが、日本人の細やかさの起因の一つにもなっているとも考えられますので、特徴という言葉に止めておきます。

 具体的事例を考えてみましょう。いくらでもあるのですが、今の時期を踏まえて、就活にスポットを当ててみましょう。

 就活と言えばまずは履歴書ですね。目下学生さん達は一生懸命書いています。よく言われるのが「履歴書は手書きで」というのがあります。これって、正にどうでもいいことかと思います。

 何故手書きを求めるのでしょうか? 理由の一つとして、誠意とか懸命さを手書きに求めていることが挙げられます。手書きなんて都市伝説かなと思いますが、私に言わせれば、

「何それ? キモッ(゚Д゚)!?」

ですね。

 企業というのは、ただの経済活動単位の一つです。それ以上でもそれ以下でもないです。経済的目的が一致した人達の集団の一つの形態であり、業務的観点と組織の効率的運営のための役職の上下関係はありますが、王侯貴族と奴隷の関係のような身分制度はそもそもあってはなりません。民主主義にも憲法にも反します。企業生活に生き甲斐や我が人生を見出すのは個人の自由ですが、それを他人に強制してはなりません。

 履歴書を手書きで求める人は、もしその応募者を不採用としたとき、不採用通知を手書き奉書で送るのでしょうか? 量産型お祈りメール一通ですよね。それって、この観点からしたら最も無礼ではないでしょうか。何様のつもりかなぁと。

 たかが学生と言うなかれ。皆何十年か後には必ず、その学生達の経済的成果の下で養ってもらうようになるのですから。

 字の上手い下手を見たいならば、別途日本語検定などを実施すれば宜しかろうです。

 誠意というならば、高専、ま、少なくとも私の周りは就活は専願制にしています。こちらに来ている約800社にもならんとする多数の求人票から選ぶ学校推薦就活では、複数社を同時進行させるのではなくて、一社に絞らせています。受かったらその社に行かせるように指導していますし、落ちてから改めて別の社にチャレンジさせています。一般大学生のような八方美人はさせていません。これって、十分誠意であり懸命さでしょう?

 それに、手書きという事は、別の視点からすれば「パソコンが使えない」ということも考えられます。今の時代、それはないでしょう・・・とは言い切れません。スマホ全盛の現在、スマホは自在に使えるけどパソコンが使えないという人はいるんですよね。

 こちら有明は校内スマホOKですし、パソコン環境も完備しています。何故なら、諸連絡はTeamsやGoogleなどで行っていますので、ないと逆に不便です。授業によっては、PowerPointを用いたプレゼンやExcelを用いたデータ処理能力も必要とされます。プログラミングはできるし、CADだって使えます。卒業研究の研究室によってはそれ以上のこともです。校内呼び出しや招集はメールでしています。校内放送なんてしませんよ。つまり、学生さん達ITを自在に扱えます。その能力の端的な証明の一つが、パソコンで履歴書ということになります。

 ちなみには私はこれまでいくつもの組織を渡り歩いてきましたが、その異動活動で履歴書を手書きしたことは記憶にありません。いや、長い人生でしたかもしれませんが・・・、ほぼ記憶にありません。ただし、学生時代の受験願書は手書きしていました。しかしそれは、パソコンがまだ高価で一般的でなかった時代だったからです。私に書道の先生の能力を求めている人は、世の中に一人もいませんよ。

 技術に優れた高専生に求めるものは、一体何なのでしょうかねぇ。手書きを求める企業では、高専生は幸せになれないと思います。

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