羽ばたく飛車と角

 本日3/13(金)は、2025(R7)年度卒業式でした。創造工学科 エネルギーコース 6期生の卒業と共に専攻科 生産情報システム工学専攻 電気系 24期生の修了でもありました。修了する専攻科生とは、一昨年担任として送り出した4期生です。

研究室メンバーでの集合写真です。

 5名の修了生のうち、2名は鷹林研究室のメンバーである内藤 陽大君と野田 浩矢君でした。1学年上の古賀 永君、塚嵜 琉太君、福田 旺土君達が現在の土台を造り、次代の内藤君と野田君で飛躍を遂げました。2年前の2023年度、専攻科に残った福田君、5年生になった野田君内藤君が学会賞を取りまくって、研究室の快進撃が始まりました。

 2020年春、内藤君と野田君がまだ2年生でコース配属前のとき、私は有明高専に着任しました。アカデミックの世界に残した忘れ物を取りに、企業から一度は離れたこの世界に戻ってきました。ただし、何の縁も所縁もない九州と高専という環境に。

 半年後の2020年秋からスタートした研究室には当初何もなく、もちろん資金もなく、とりあえず企業時代に少し携わった高周波導波管の設計を行いました。いきなり知らない土地からやって来て、難しい電気磁気学を教える教員の研究室に人気が出るはずもなく、初年度は四苦八苦でした。

 次年度になり、かつて共に過ごさせていただいた東北大学 多元物質科学研究所の高桑 雄二先生から、ご定年を期に光電子制御プラズマ装置2台を譲り受け、同電気通信研究所に残しておいた測定装置も復活させました。有り難くも旺盛に門を叩いてくれた古賀君、塚嵜君、福田君らと、装置の立ち上げに右往左往の日々を過ごしました。今でもその当時のことは鮮明に覚えています。

 何とかこちらでも装置を動かすことができて、内藤君と野田君が入ってきました。前年3E時に副担任をしていましたので、ある程度知ってはいましたが、まさか入ってくれるとは思っていませんでした。3E時、野田君が成績1・2位を争う存在である一方、内藤君は目立つ存在ではありませんでした。しかし4Eになって、4E実験担当として内藤君の実験レポートを読んだ際に、「これは大きく化ける!!」と感心しました。その彼らが研究室に来てくれて、さらに専攻科にも残ってくれました。

 野田君がエネルギーコース初の九州大学工学部・九州沖縄9高専 連携教育プログラム生として、九州大学の山本 圭介先生(現: 熊本大学)とのご縁を作ってくれました。クリーンルームを利用した半導体デバイスの作製は、研究室の主要テーマの一つとしていましたが、有明にはその設備がなく、さらに九州と見ず知らずの土地ですので、長い年月をかけて立ち上げていくしかないと考えていました。隠居するまでに、足がかりだけでもつくれたらいいなと。

 ところがどうして、野田君の活躍で山本先生とのコラボレーションが進み、クリーンルーム活動が時を経ずに実現しました。

 一方内藤君には、塚嵜君が見出したプラズマ閉じ込めの研究を引き継いでもらいながら、他のテーマもお願いしました。まだ本科5年生の弱冠19歳で応用物理学会九州支部学術講演会発表奨励賞を取ったことは驚きでした。20代後半の博士課程大学院生も含まれる賞レースで、最年少19歳の受賞は圧巻でした。

 専攻科1年生で必修のインターンシップでは、満を持して二人揃えてサムコ株式会社に行かせました。同社の方々から高く評価頂きました。彼らと国内外の学会を股に掛けて、今や鷹林研究室は九州やプラズマの世界でその名を知られた存在となりました。

 彼らは正に、鷹林研究室の飛車と角でした。

 もし私の事績が歴史に残るとしたら、それは私自身が成した業績ではなく、彼らを世に送り出したということによるものでしょう。ファラデーを見出したデービーのように。

 今夜は独り、そんな余韻に浸りつつです。

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