現在の社会は、法で詰められた社会です。法で詰めることにより、皆が幸福な社会を作ろうとしています。若い人ほど、白黒をハッキリさせようとします。かくいう私もそうでした。
しかしながら法を詰めていくと、却ってその盲点、矛盾点がきらびやかに浮かび上がってきます。所謂グレーゾーンです。つまり、法で人間の行動全てを制することはできないということです。
法の限界線ギリギリにいる人ほど、矛盾を責めて自己に有利な状況に持ち込もうとします。それが良識(common sense)では到底歓迎されないことであっても、法を詰めた社会では罰することができないことがあります。その人を一時的に利することになったとしても、社会が利されることはありません。そう、その利は一時的にしか過ぎません。
民主主義の世の中は、視点を変えてみれば、法を詰めた世の中です。生きやすいと思われる反面、法匪が跋扈しやすい危険性があります。古代中国、法が定められた秦の社会は瞬く間に滅びました。法三章の漢が取って代わり、長く続きました。人間社会は、個人と同様に、流転するのでしょうか。
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