私はお息子さんの父親で、世の中に数多いるDadの一人です。今更説明するまでもなく仕事に忙殺されている日常ですが、他者の視点からすると、お息子さんと過ごす時間は多いようです。なぜなら、仕事以外で独りになる時間、つまり趣味というものに割く時間が少ないからです。研究者という者は、「仕事 ≈ 趣味」ですからね。今年度は専攻科生達が皆巣立って、装置が空く時間が増え、しかも担任を外れたので、好きなだけ実験しています。専攻科生達がいると心強く頼もしいのは間違いない一方で、その分彼らに相応の実績(学会発表、論文、特許、そして受賞など)を積ませようと思うとなかなか大変です。日々の実験はごく小さなものとはいえ、その度毎に幸せを感じては、「私は研究者が向いているんだな」と自分自身を理解します。意図した人生を決して歩んできたわけではありませんが、結果として、本能が望む人生になっていることは確かです。
さて子供とは、素敵な客人です。DNAを分けていますが、全くの別人格です。生まれてこの方ずっと見てきているはずなのに、何でこうなったか分からないことが多々あります。悪い意味ではありません。自分とは異なる志向に驚くと共に、興味深いです。最も身近な存在を通じて、自分の見える世界が広がっていくことはとても楽しいことです。
学生達も素敵な客人です。鋭い質問を投げかけてくる学生に対する度に、「なるほどねー」と、自分自身をupdateできます。舌を巻いてしまうほど優秀な学生達は複数います。
他方で、問題児に接することは、愉快なことではありません。しかし一歩引いてみて、「この心理状態はどうなんだろうか」と人間観察をし心理学的考察を試みるのは、知的好奇心を満たしてくれます。ものは考えようです。そして、その結果を自身のupdateに組み込みます。怒りを覚えることもありますが、それよりも「へー、そうなんだー」と観察し考察してみる方が有益です。墓穴は自分で掘るもので、他人が掘るものではないし。まあ、適度な軌道修正指示は必要ですかね。
大人相手だと、社会的背景や関係から障壁が否応なく存在してしまう一方で、子供や学生達は良くも悪くも正直です。
心理学や社会科学に興味を持っています。しかしながら、それらで飯を食っていく自信が全くないので、趣味といえばこれが趣味なのですかね。結局、日常に趣味が自ずと組み込まれていますね。
客人は、いずれ去って行きます。去る者は追わず、あとはご自由にです。所詮は他人の人生です。それよりも、新たな客人の登場による新たな世界とupdateを期待するべきです。この世の中には、まだ見たこともない風景が無数に残っています。
古人曰く、「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」。
Views: 3



