研究者として、これまでに世の評価を得た仕事が2つあります。一つは、グラフェンをチャネル材料とした電界効果トランジスタ(FET)のトップゲート絶縁膜(誘電膜)に、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)を適用できたことです[ Susumu Takabayashi et al., “Carbonaceous field effect transistor with graphene and diamondlike carbon”, Diamond and Related Materials, 22, 118–123 (2012)]。世界初の炭素質トップゲート型FETです。もう一つは、そのDLCの化学構造として、sp2クラスターモデルを提案したことです[Susumu Takabayashi et al., “Relationship between the structure and electrical characteristics of diamond-like carbon films”, Journal of Applied Physics, 116, 093507 (11 pages) (2014)]。
大阪大学大学院で博士号を得てから2005~2009年の間、博士研究員として広島大学大学院 先端物質科学研究科に在籍していました。10年住んだ大阪から郷里に戻ってきました。そこでは高萩 隆行教授の下で、中谷 達行先生(当時企業、現岡山理科大学教授)らと共にDLCのX線光電子分光解析を行っていました。この研究は新規に立ち上げる内容ということで、全くのゼロから立ち上げました。「DLC、何それ美味しいの?」というレベルからのスタートでした。広大な広島大学 東広島キャンパスには、中央・東(工学部)・西(総合科学部)という3つの大きな図書館があり、これらをグルグル廻っては文献を調べて、研究を立ち上げました。4年目の2009年、高萩先生から「もっと見聞を広めるように」と、1年をかけて次のポストを探しました。そして2010年から東北大学 電気通信研究所(通研)に、引き続き研究員として勤めることになりました。初めての東北地方でした。東北大 通研といえば、電子工学分野の研究では日本のトップを走る組織の一つです。
テーマに与えられたのは、グラフェンをチャネル材料としたFET、略してGFETを作ることでした。それまで電子工学には縁がなかったのですが、これを機に勉強し始めました。現代の電子工学は、あらゆる学問の総合知です。決して電気だけではありません。私は化学という入口から入っていくことになりました。
しかし、早々に大きな壁にぶつかりました。それは、「トップゲート絶縁膜材料がない!!」ということでした。世の中の電子回路のほとんどは、シリコン(Si)できています。Siを用いる理由は色々挙げられますが、最たるものは、その酸化膜SiO2が非常に優れた絶縁体であるということです。SiO2とSiは正に奇跡の組み合わせと言え、この最高のカップルによるFET、すなわちMOSFETは、現在の半導体集積回路の根本構造です。
近年は、性能向上のためのSiの微細化(scaling)が原子数個のレベルにまで到達したので、Siに代わりうる材料が模索されています。その一つがグラフェンです。
しかしながらグラフェンは炭素質なので、酸化物材料と相性が良くありません。Siの酸化物SiO2は固体ですが、炭素の酸化物CO2は気体です。つまり、炭素に酸素を当てると、分解していまいます。専門的には灰化(ashing)と言います。というわけで東北大学着任早々、「いきなりクビか!?」という困難に出くわしました。おいおい・・・。
これはマズイと解決策をあーだこーだと考えている中、一つの案を思い描きました。それは、広島大学で携わっていたDLCをトップゲート絶縁膜に適用するということです。同じ炭素質なら問題ないだろうと。
ただし、プラズマCVDやスパッタリングなどの既存の成膜法では、成膜中に生じる加速イオンによるダメージがグラフェンに入ってしまいます。
まあでもとりあえずDLCを試してみようと、成膜装置を所有している近隣の研究室を探している中、通研のある片平キャンパスの北側にある同学 多元物質科学研究所の高桑雄二教授を見つけて訪ねました。事前の面識はなく、自身のコミュ力は決して高いとは言えないのですが、何分クビがかかっていますので、当たって砕けろと飛び込み営業でした。若さが故でした。
飛び込みながら、高桑先生に快く受け入れていただきました。そこで、先生が開発したばかりの光電子制御プラズマ気相化学成長(PA-PECVD)装置と出会いました。その光電子制御タウンゼント放電(PATD)というモードでは、イオンのエネルギーを極小化しながら成膜ができそうだという点に着目したころ、案の定、これを用いたらDLCをトップゲート絶縁膜としてグラフェンFET、略してDLC-GFETが完成したわけです。決して深い戦略を持っていたわけではありません。正に偶然の出会いでした。
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