今回の地震のような未曾有の災害などの非常事態に遭遇した際は、日頃の訓練が活かされると言われます。確かにその通りではありますが、その訓練を確かなものにするための土台となる文書の管理体系化ができているかについては見過ごされやすいです。
訓練の際に、「弛んでいる!!」などと小言を言っても意味がありません。精神論は、愚者の安易な拠り所です。誰でも言えます。
ISO9001:2015では、「認識」という用語が出てきます。これは「関係者全員が品質に関する事項を理解しておく」ことです。言い換えますと、「いつでも、どこでも、誰でも、必要な際に必要な文書を手に入れられる」環境を整えておくことです。新入社員とベテランの区別があってはなりません。いくら高名ご立派な文書を作っても、活かされなければ何も意味もありません。
まあ毎度言っていることですが、ちゃんと授業でやってるんですけどね・・・。
文書を管理体系化するというのは、簡単に言えば、各文書に管理番号を付けて管理文書化し、文書間の上下左右の関係を明らかにしておくことです。文書管理規程の中で定めておきます。
体系化できずに個々の文書がバラバラで、各文書の担当者が「仕事をしたつもりになる」のが、一番宜しくないことです。お互い「何をやってんだー!!」と不毛な争いになるだけです。
人生のごく一時期ではありますが、品質管理でご飯を食べていた者です。どんなご立派な文書でも、各ページの隅にでも管理番号が記載されてないところを見ると、
「ダメだこりゃ・・・」
とため息です。ちなみに私の授業資料は全て、私なりに管理番号を付けています。各図の隅を見れば分かりますね。学生さん達も自然と見慣れていることと思います。
学生さん達は、私がよくため息をつくのを知っています。よく観察してるなーと。
世界でも有数な災害大国でありながら、事前準備と戦略眼に乏しい我らが日本人です。「助けあれば何とかなるさ」の影で、実はVIVANTが動いているのでしょうかね?
さらに文書管理規程で、各文書の見直し頻度を定めておきます。改訂事項がなくても、最低年1回は内容を確認したことを、版管理で記録しておかなければなりません。虫干しみたいなものです。埃を被って書棚の奥に眠って皆の記憶から忘れ去られていては、何の意味も持ちません。
非常事態が生じたとき、そんな忘れ去られた規程文書をいきなり持ち出してきても効果は望めません。すぐにまた忘れ去られます。右から左へ華麗にスルーです。「行った気になる」だけです。
日頃から、厳格な文書管理体系の構築と活用を通じて、強固な組織土台を造っておきます。企業、広く言えば組織は、常に人が移り変わります。いつでもどこでも全てを託せるベテラン社員がいるとは限りません。一方で、顧客に提供するサービスは変動してはなりません。企業の信頼と存続に直結します。属人化を排除した強固な土台を常に意識しておく必要があります。
学校という組織を品質管理の視点から観察すると、以上のような管理体制の弱さが目に付きます。「潰れる」という危機感に乏しいこと、組織管理の専門家がいないこと、そして何でもかんでも教員にさせることが根本原因かなと思います。教員は万能ではないのですからねぇ。
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