属人化を考える

 後期は卒業を間近にした5年生に対して、「信頼性工学」という授業を担当しています。言い換えれば「品質管理」の話をしています。

 純学問的にしてしまうと無味乾燥な統計計算ばかりの話になってしまうので、就職を控えた学生さん達には、企業/組織に勤める際への心構え的なことも教えています。ある面では新人研修みたいな感じになっています。あ、「おまえが言う?」は、ナシで(^_^;)

 そんな中で、「属人化の排除」、すなわち「特定の人しかできない仕事を作ってはいけない」という話をしています。広く一般に学生さん達の中には、「企業勤めは社会のネジ/歯車になるのでイヤだ~」と言う人達がいます。そういう意見に対して、「属人化の排除をベースにしないと企業活動は成立しない」ということを説いています。皆さんが求める創造は、その上にこそ成り立つと。

授業スライドの一コマです。

 しかしながら学校という組織、特に高等教育機関は、属人化してしまいやすい土壌にあります。研究は仕方ないとして、講義でも「この先生の講義ならば・・・」ということは普通にあり得ます。高等教育の教授に個性が出て属人化してくるのは、無理からぬことかと思います。

 問題は、そんな属人化が校内事務にまで出てくることです。今や企業活動の必須アイテムとなっているISO9001:2015は、要するに属人化の排除を求めています。一方で、「俺しかできない仕事をしたい」というのは、人情としては理解できます。上述のように学校での教授はある意味個性を求めているところもありますから、校内事務において教授業務との区別ができないと、それが属人化されてしまいます。

 属人化で困ることの第一は、「組織崩壊への第一歩」となることです。本来公式な権限がない人の業務が、長い年月でその人特有のものとして属人化されてしまうと、その人に異常な権限をもたらします。分かりやすい例は、「この人の出休もしくは勤怠で業務が律速される」です。その人へ組織規程で定められた以上の権限を暗に与えてしまうことになり、それは次第に組織の指揮系統を腐らせていき、最終的に組織崩壊に繋がります。やりたい放題のモンスターの誕生です。

 教育機関に属する人間は、属人化についてよくよく知っておかねばならないと思います。

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