情と理の狭間で

 これまでの人生、色々なところで色々な仕事をしてきました。大学院、大学付置研究所、企業、そして高専と。

 中でも一番自分が勉強し、また成長したなと思うのは、自ら望んだことではないですが、企業で品質管理業務に携わったことです。企業ですから人事や組織は経営戦略の下で都度変わりますが、尊敬する同僚、尊敬する上司の人達に恵まれました。

 アカデミックの世界は、彼らよりはるかに学歴の高い人達ばかりです。では人事がベストに働いているかというと、そうと言えないことが多いかと思います。残念ながら、「お客様にしっかり対応できるか!?」という視点が決定的に欠けてしまうからです。「学生ガー」が大好きですから。

 そんな経験もあって、学生FirstFMEAを脳内で回して、自身の行動指針(哲学)を建ててきました。

 学歴って何なのでしょうね?

 では何故、わざわざアカデミックの世界に戻ってきたかというと、この世界に忘れ物をしていたからです。7年目、その忘れ物をようやく取り戻せそうな環境を得てきました。

 品質管理業務を勉強しながら、これまでの人生を振り返って確信したことは、

役職に依らずに特定の人間の言動が公務を左右することは、組織として甚だ不健全な状態

であるということです。言い換えれば、声の大きい人間が支配する体制で、属人化した体制です。「そんなの当たり前じゃないか」と思われる人は多いでしょう。しかし、自分の所属する組織はそうではないと胸を張って言い切れる人は、その内どれくらいの割合いるのでしょうか。和を尊び、波風立つのを忌避したがる日本人の中に。

 院政という歴史用語が一般化しているように、日本の歴史は属人化の歴史でもあります。藤原摂関家に偏った権力への天皇家の対抗策として始まった院政です。しかしそれは結局皇統内部の権力争いと分裂を生じ(保元の乱両統迭立)、以後約600年にも渡る武家社会へと至りました。つまり、属人化の行き着く先は、組織の崩壊です。

 人間は情の生き物です。学問でいくら理を詰めていったとしても、結局は情が優先します。情に憚って属人化を止められず、組織が寿命を潰えた例は無数です。

 以前に述べたように、学校という組織は属人化が育ちやすい土壌です。特に高等教育機関は。

 小学生でも理解できるであろう、

  • 役職者が責任を持ってリーダーシップを発揮し、周囲の者達はそれを支え従う
  • OBに大きな顔をさせない

というは、守られないのでしょうね。学問を修めているにも関わらず。

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