マウンティング a Go-Go!!

 世の中には、マウンティングが好きな人がいます。そんな人と会話していると、こちらの意見に対して必ず否定してきます。その人は気づいているのだろうか、相手を不快にさせていることを。

 私、人と会話をするときは、その人の意見を聞くこと、理解することをを重視するようにしています。まずはその人の意見を聞いてから。言いたいことがあっても、じっと我慢をして。だって、自分の意見はいつでも聞けますからね。会話では、その人との共有時空間でしか得ることのできない情報が得られますから。

 「論語」から「貞観政要」に至るまで中国の古典には、「君子は人を得てその人の話をに耳を傾けるべし」という類の格言が頻繁に書かれていますね。そう、「他人の話を聞いて理解に努めること」は、人物の優秀さの判断基準の一つです。

 ちょっと話がずれますが、学生時代に古文・漢文を習うのは、何も考古学へのマニアックな招待ではなくて、↑のことすなわち人の生き方について学ぶためです。文法をどこまで学ぶべきかは意見が割れますが、これら古典を全く学んでいない人、ないし意に介していない人に対してはちょっと遠慮したくなります。古典というものは、数百年もしくは千年以上の長きに渡り幾百世代の審判を経た来たものですから、一見の価値はあります。古典を卑下して独善的な人生論を振りかざす人は、ん~、ゴメンナサーイ。夢の中だけで会いましょう。いや、夢でも嫌だな。快眠万歳!!

 話を戻します。会話って、意見という商品の物々交換です。押し売りでは経済が回らず、人は死にますよ。 

 さてそんな人、度が過ぎると面倒です。例えば会議にて。その権利もないのに会議を支配したがります。え゛、アナタは議長じゃないでしょ?

 自分と違う意見に対しては、即座に大声を張り上げて反対します。待て待て待て、「どんな意見にも三分の利」はありますよ。もう人の意見を聞くよりも、とにかく自分の正しさを押し通したいのです。でもね、世の中の正義は一つではありませんよ。そんなに正しいことなら、周りを巻き込まずにアナタ一人でやってよね。

 ただしそんな人、誰に対してもマウンティングというわけではなく、人を見て行動しています。必ず自分より弱い(と自分が決めつけている)者へと。そう、ワタシの世界はワタシ基準なの。しかし承認欲求の捌け口をこちらに振られるのは困りますね~。

 自分の正義を、他を攻めることでしかで証明できないのは悲しいことです。

 弱き者、汝の名は、マウンティング a Go-Go!!

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