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講演してきました

 11/16(水)、「表面技術協会 高機能トライボ表面プロセス部会」と「日本トライボロジー学会 機能性コーティングの最適設計技術研究会」が共催する表面技術協会 高機能トライボ表面プロセス部会 第19回例会という講演会でお話するために、名古屋大学へ行ってきました。

 来週から後期中間試験のため宿泊する時間的余裕がなく、4時起き朝イチでに日帰りしてきました。毎朝5時30分の目覚ましを早めにしました。といっても歳のせいか、いつも大体これくらいに目が覚めるんですけどね。

 新大牟田駅から新幹線つばめ号に乗り、博多でのぞみ号に乗り換えて名古屋へGoでした。博多でのこのパターンの乗り換えは、スムーズになるように設定されています。

早朝の新大牟田駅です。
名古屋に着きました。

 名古屋駅からは地下鉄に乗り換えて、名古屋大学に着きました。名古屋大学へ来たのは十数年ぶりかと思います。名古屋大学では学部時代の恩師にご挨拶して、会場へと向かいました。

会場で出番を待ちます。
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SPring-8に来ました

 本年度から国際的な共同研究を行っており、その一環で兵庫県にあるSPring-8に来ました。SPring-8は日本最大の第三世代放射光実験施設です。この手の施設を利用した放射光分光実験は、広島大学のHiSORや佐賀県のSAGA-LSで行ってきましたが、SPring-8は初めてです。縁がなかったというのもありますし、HiSORやSAGA-LSのレベル(第二世代)で十分事足りたということもあります。

 本日は1~4限まで実験・実験・講義・実習とフルでこなし、夕方から新幹線に飛び乗りやってきました。よく働きます、はい。

 新幹線で岡山の一つ隣の相生まで来て、そこからバスで暗闇の道を進みました。

新幹線で相生に着きました。
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九大には行ったけれど・・・

 8/24(水)に、九州大学伊都キャンパスの古閑一憲研究室へ行きました。ラマン分光測定と研究打ち合わせに行きました。2回目の訪問ですが、今回は研究室学生さん達と一緒に行きました。九州の人達は九大が大好きですから、夏休みの遠足も兼ねて。大牟田から西鉄特急で出発しました。

福岡(天神)のメイン改札口は北端ですので、先頭号車に乗車しました。
途中経路はさておき、九大に到着しました。古閑研究室を目指します。

 学生さん達は、研究室の大学院生の方に室内をご案内いただきました。他研究室を知り、学びを深めるのは良いことです。

 ・・・そして帰路天神へ出て、買い物や食事をしました。その後学生さん達を先に帰し、私は古閑先生ともうしばらくお話をしました。

 さーて、私も帰ろうかと思い、西鉄駅へ行きましたが・・・

工工工エエェェ(゚Д゚)ェェエエ工工工

 何と、電車が不通ではないですか!! 福岡の天気はさほどでもなかったのですが、久留米以南が豪雨となっているようでした。

天気予報にこんなのなかったですよぉぉ~。

 JRも同時に止まっているようなので、どうしようもありません。どうしよう・・・。

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大都会久留米と大学病院

 本日は朝から、所要のため久留米大学病院に行ってきました。久留米大学病院&医学部は、九州医学専門学校を前身とする歴史ある病院&医学部ですね。

 久留米は、旧筑後国の国府も置かれた現代に続く筑後地方の中心です。大牟田から見たら正に、「大都会久留米」です。ところで「あーあー、果てしなーいー」という曲を思い浮かべた方、私より一回り以上上です。

 普段久留米大学病院に行くときは、西鉄特急を使っています。しかしいざ大牟田駅に行ってみると、西鉄電車は柳川まで不通になっているではないですか!! 確かに車で駅に向かう途中、えっらい雨が降っているなとは思っていましたが、迂闊でした。豪雨も毎度のことなので、慣れていました。

 昔関西にいた頃、JRは止まっても近鉄電車は走っていましたので、同じ私鉄の西鉄も走っているだろうと思っていました。しかし久留米まではJRより海側であり、低地で地盤の緩いところを走っているので、仕方ないのですかね。

JR大牟田駅から西鉄大牟田駅を臨みます。不通のところすまぬ、拙者は久留米に行きたいのじゃ。

 そうです。JRは動いていました。というわけで、JRで行くことにしました。大牟田発が11分遅れとなる電車でしたが、出発できました。

電車を待っていると、向かいの1番線ホームに最新の821系電車(熊本行き)が来ました。
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T列車で行こう

 化学から物理を経由して、こちら電気の世界にやって来ました。でも昔々を遡った大学受験のときは、鉄道交通政策をやってみたくて土木科を希望しました。母方の祖父が国鉄マンだったので。結局希望は叶わず、今の道となりました。

 しかしこうして仕方なく選んだ道は、実は自分に一番合っていた道ではないかと、半生を振り返って納得しています。今の道を高校時代に知っていたか? いや、こんな時空の狭間のマニアックな道、知る由もありませんよ。

 幼いときにやってみたかったことは、バーチャルな世界で楽しんでいます・・・。

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