さらに続きです。Z世代の耐性がないという特徴を発展させていくと、「努力は無駄」という概念に辿りつくようです。具体的な事例としては、
「自ら動くことを厭い、決して動かない。」
「指示されたことには従わない。」
指示されることを厭う人は、どの世代にもいます。彼らに共通するのは、自分の道を行きたいとか、自分の好きなことを進めたいとかという意識です。それらは、自己の確立という観点からは、ポジティブな意識であり、歓迎すべきことと思います。しかしZ世代に限っては、そのような意識を伺うことはできないようです。ただただ、無駄という感覚のようです。要するに、どちらに転んでも動かないということです。
エコノミークラス症候群になりはしないかと心配するくらい、動かないようです。
「しかしそれで損失・損害を被ることがあれば、見境なく全力で歯向かってくる。」
「そして、指示が適切でないと騒ぎ立てる」
これは非常に不思議な性向で、良識ある誰もが理解に苦しむ点です。人間科学および社会科学の点からは非常に興味深い研究対象ではありますが、これらの分野では甚だ素人の私には理解が厳しいところです。
SNSやゲームという仮想空間では、自分の身体が傷つくことはないです。一方現実の世界において、他人を殴ろうとするならば、自分も殴り返される覚悟をしないとなりません。現実の世界にパーフェクトゲームはありません。
ですが、個人を大切にするという最先端の教育が、彼らを守ってくれてきました。
「他人に協力はしない。」
「しかし、成果はいただく。」
自己中心的な人は、どの世代にもいます。彼らに共通するのは、上述と同じくやはり、「我が道を行く」です。「俺は俺のやり方で行く」ということです。これも理解できなくはありません。しかしZ世代には、そんな高尚な考えはないようです。たとえグループワークであろうが、他人に働かせて、成果は後でしっかりいただく。イソップ童話のキリギリスを、現実の社会に蘇らせたらこうなるのでしょうね。
徹頭徹尾、自己中心の世界です。良識ある社会での経過観察に興味津々な今日この頃です。
ただし強制的な枠組み、学校で言うならば評点とか出欠日数とか、を外れることは避けようとします。自己中心的に振る舞っているようで、実のところ、Z世代は他人の敷いたレールの上でしか生きられないようです。
日々の努力では、うまく行かず、失敗することもあるでしょう。意味を感じないこともあるでしょう。
しかし一見意味のないことに、意味を見出すことのできる人が、優秀な人というものでしょう。ものは考えようです。
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