大都会久留米と大学病院

 本日は朝から、所要のため久留米大学病院に行ってきました。久留米大学病院&医学部は、九州医学専門学校を前身とする歴史ある病院&医学部ですね。

 久留米は、旧筑後国の国府も置かれた現代に続く筑後地方の中心です。大牟田から見たら正に、「大都会久留米」です。ところで「あーあー、果てしなーいー」という曲を思い浮かべた方、私より一回り以上上です。

 普段久留米大学病院に行くときは、西鉄特急を使っています。しかしいざ大牟田駅に行ってみると、西鉄電車は柳川まで不通になっているではないですか!! 確かに車で駅に向かう途中、えっらい雨が降っているなとは思っていましたが、迂闊でした。豪雨も毎度のことなので、慣れていました。

 昔関西にいた頃、JRは止まっても近鉄電車は走っていましたので、同じ私鉄の西鉄も走っているだろうと思っていました。しかし久留米まではJRより海側であり、低地で地盤の緩いところを走っているので、仕方ないのですかね。

JR大牟田駅から西鉄大牟田駅を臨みます。不通のところすまぬ、拙者は久留米に行きたいのじゃ。

 そうです。JRは動いていました。というわけで、JRで行くことにしました。大牟田発が11分遅れとなる電車でしたが、出発できました。

電車を待っていると、向かいの1番線ホームに最新の821系電車(熊本行き)が来ました。
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日本表面真空学会 九州支部 市民講座

 8/9(火)に、「日本表面真空学会 九州支部 市民講座」へ研究室一同で行ってきました。学外授業ということです。場所は福岡大学 工学部で、車で1時間半くらいでした。長くお世話になっている福岡大学 工学部 電気工学科の篠原 正典教授主催で、これまで長くお世話になっている岡山理科大学 フロンティア理工学研究所の中谷 達行教授のご講演を拝聴しに行きました。

 高専内に閉じこもっていては、広い世界が見えません。たとえ同じ分野でも、人が違えば視点も違います。

看板です。

 講演終了後は、篠原先生の研究室を見学させて頂きました。

篠原研究室へ向かいます。

オープンキャンパス

 8/6(土)に、中学3年生対象のオープンキャンパスを行いました。ただし時世のため、人数制限をしての開催でした。

 Eコースからは、「体験授業・電子分野の展示・電機分野」の3コーナーで行いました。我らがTEAM TAKABAYASHIは、電子分野の一角で展示を行いました。

 なお総合学科制を取っている有明高専では2年生後期から専門コース配属となりますので、このちょっと前に2年生対象のコース見学会を行いましたが、展示内容はそれとほぼ一緒としました。

 展示内容は、「光電子制御プラズマにより成膜したダイヤモンドライクカーボンを用いた炭素エレクトロニクス」と「高周波導波管の作製と評価」の2本柱で行いました。コース見学会では、これに加えて無安定マルチバイブレータやスピーカーインピーダンス整合回路の展示も行いました。

 まあ、詳しく説明するよりも、まずは見た目かな~と。

DLCです。中央のケースの中に入っていますが、見えませんね。スクリーンはCG動画、モニターはスライド動画です。CG動画は、東北大 高桑先生 & 小川先生から頂いたものです。
DLC一覧。成膜の条件を変えると、様々な色が表現できます。炭素原子のみで色々な色が出せます。金色の部分は金電極で、フォトリソグラフィーと金属蒸着を使って、μmオーダーの電極を作り、電気特性を評価します。
高周波導波管です。ストレート導波管 & ダミーロードにネットワークアナライザを繋いで、スミスチャートの画面を映しています。まんまるのグラフです。授業資料(4E 電気磁気学II6E 基礎設計特別演習など)を再構成した電磁波とスミスチャートの説明資料を手前に置いています。

国際会議復帰

 8/3(水)に、九州大学で行われた「IUMRS-ICYRAM 2022」という国際会議で発表してきました。

・15:45~16:00 K-O3-006 (オーラル): S. Takabayashi, Novel Synthesis of Diamond-like Carbon by Photoemission-Assisted PECVD.

 期末試験最終日でしたので、午前中試験を行ってからお出かけしました。場所は九州大学でも、馬出の九州大学 医学部 百年講堂でした。九州大学って散らばっていますから。

 大牟田駅から西鉄福岡(天神)駅経由で行きました。最後に地下鉄の馬出九大病院前で降りて、地上に出たら、目の前が九大病院なのでした。馬出は「まいだし」て読むんですね。だがしかし地上は、

暑い!!

の一言でした。アスファルトの照り返しが暑さを倍増させました。百年講堂まではそこそこ歩きました。これでは、百年講堂に来たのか、熱中症搬送されに来たのかわかりませんでした。

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