続・理論とは? ~ 教科書と実験ノート ~

 前回の続きとして、今回は理論と実験/実習の比較を考えていきます。

 理論は、教科書に整然と書かれています。電気磁気学の場合は一般に、クーロンの法則から始まり・・・Maxwell方程式の初歩的応用で終わります。

 さて世の中には、色々と矛盾があるものです。その一つとして、「整えられた厳密な教科書ほど、わかりにくい」というのがあります。

 歴史に名を残した数々の偉人が、当時の教科書を元に整然と新しい道を拓いてきたか?

 とても、とても、ありえません。何かしらの科学史の本を一読すれば容易に分かるように、皆様、実験をしては悩み苦しんで、ようよう切り拓いてきました。教科書にはほぼほぼ成功者の名前と成功事例だけが連なっていますが、その陰には無数の失敗者が隠れています。そんな簡単に物事は成せませんよ。

 つまり、教科書が子守唄になってしまうのは、如何ともし難い性なのです。でもそこを何とかするのが、教壇に立つ者の腕の見せ所かと思っています。高い教壇から見渡す頭頂部の数を数える度に、反省します。

 いわば教科書は、「理論と呼ばれている成功」の事例集です。人類が有史以来積み重ねてきた失敗をあまねく入れていたら、教科書は100倍の厚さでは終わらないでしょう。

 人は、失敗(敗北)から多くを学びます。これも大いなる世の矛盾なのですが、人は、勝って学ぶことは少ないのに常に勝利を目指します。勝利というものは、必要な分だけ得られればいいのです。過ぎたるは猶及ばざるが如し。古人曰ク勝ツテ兜ノ緒ヲ締メヨト。

 しかし失敗ばかりを経験していたら、かなり非効率な学習となります。第一、モチベーションが保てないでしょう。誰だって、間違えたくはありませんよね。

 そこで「効率的に」失敗から学ぶ力を養うのが、「実験/実習」授業の真の目的かと思います。成功事例集に整然と書かれていることを実践してみる難しさを身を以て知ることで、その成功をより深く知ることができます。

 実験の記録は、実験ノートに書きます。実験は身を以て知るのが目的ですから、実験ノートは自ずと修正だらけで見映えの悪いものになります。

 学生の皆さんは、至極当然なことではあるのですが、ずっと教科書で学んできましたから、このノートを「本能的に」消しゴムを使って綺麗にまとめ直していきます。身を美しくするのが、躾ですし。

 でもこれって、神さまの策略なんでしょうかね? もしかしたら、消された中に真の理解への一助や、神さまのヴェールを少しだけ剥がすことができる新発見があったかもしれないのに。まあ、後者に関しては学生実験ではないでしょうが、プロの研究ならば当然あり得ることです。

 また、この本能を逆手に取ることで、実験ノートは特許の優先権裁判の第一証拠となり得ます。誰しも、たとえ証拠捏造だとしても、ノートは綺麗に書きたいものでしょう? 誰しも消したい過去はあるでしょうが、消せない過去でも、場合によっては役に立つものです。

 Back to the 座学。教科書で理論という成功を学ぶ座学では、たとえずっと夢の中にいたとしても、「丸暗記」という必殺技が使えます。画像認識ですね。ただしこれは以前にも述べたように、能力の無駄遣いと思います。まあ上述の性からすれば、難しいところなんですけど。

 他方実験/実習では、丸暗記は通用しません。以上の議論から、実験中の夢空間旅行には特に厳しく対処するようにしています。これは科学教育上、最も厳正に守らねばならないラインと思っています。ワイワイ楽しくやってくれる分には、一向に構いませんけどね。

 理論と実験/実習は、互いに異なる方向を攻めているようで、実は互助的で行先は同じです。

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