機種変更と自由精神

 スマホの機種変更をしました。半額サポートプランの月だったので。現機種に不満があったわけではないのですが、まぁ、プランに乗っかっておこうかと。5Gを見据えると、いずれは機種変更しないといけないしなあと。特に5Gでしたいことはないんですが、時代へのcatch-upはしておこうかなと。取り残されて、付いていけなくなって、困った人にはなりたくないしね。

 携帯から始まったスマホの機種が何代目になるかは忘れました。機種変更したら、お役御免となった機種はすぐお店にリサイクルしてもらうので、記憶から消えます。 ただしメーカーはほぼほぼ、かつて大阪府南部に本社のあったメーカーとしてきました。 途中変えたこともありましたが、何か結局ここのが使いやすいかなと。

 キャリアは一貫しています。ていうか面倒なので一貫しているのですが、向こう側がよく変わってしまいます。「関西デジタルホン」で契約したのですが。最近は落ち着いているかな。

 何事も一度決めたら変えない方です。でも職は結構変わっていますがね。

 コロナ社会のため、Teams、Zoom、Google Meetなど、オンライン会議システムが急速に発達しました。PCだけでなくスマホにも入れられますから、机から離れられないということが大幅に減りました。合理性よりも精神性を大事にしたがる日本人にとっては劇的な変革でしょう。「居なければならない教」から解放されましたから。世の中を見渡すと、行為に意味を感じないのにそうしたがるのは、農耕民族精神によりそこに安心感からを求めるからなのか。いやはや。

 そう、教員にとっては何よりも自由が大切だと思います。前にも述べたように、S族ですから。私は誰かを縛りたくはないし、縛られたくもないです。「じゃあ、頑張ってね」であり、「結果は出すから、ほっといてくれ」です。自由をこなせない人は、そもそもこの職には向いていません。

 私は私、アナタはアナタ。

 昔を思い出します。博士号を取って、一旦筑豊を経由して広島大学の研究員となりました。行先の高萩 隆行先生から言われたことの一つに、「僕は君を管理しない」というのがありました。すなわち、自由にやって良いから、結果を出しなさいということです。

 この言葉どう思いますか? ただ表向きに取ったら、遊び放題!!となるかもしれませんね。

 いえいえこれは、ものすごく期待されている言葉であり、またものすごく厳しい言葉でもありました。大枠はダイヤモンドライクカーボン(DLC)の化学構造解析となっていましたが、その課題を具体化しかつ結果を出す全責任は、私個人にあるということです。結果が出せなければ、先はありません。

 普通は、博士課程時代の仕事の延長線をこなしてキャリアを積んでいくものですが、私の場合はとにかく裸一貫。たまたまそうなったとはいえ、何一つ分からなかったスタートから、必死にやったなあと。

 1年半後に論文、それもJournal of Applied Physicsという権威ある雑誌に出せたときは、嬉しかったものです。自慢というより、もうとにかく、これで首が繋がったと。

 若い頃は、一人で道を切り拓くことが怖かったものです。しかし、何故かそれをしていかなければならない人生となってしまいました。苦労はしてきましたが、まあ、好きにやってきたとも思います。

 今は一人で立てるようになりました。人生、なんとかなるものですね。

 学ぶ(勉強する)という最大の効能は、「自分で自分の人生を決められるようになる」ということです。これって実は、人生で一番大切なことですよね。

 

 

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